海行かば (三)②
出港三日目頃から、北海道に近づくにつれて、潜水艦の攻撃から逃れるために、沿岸から離れて進路を自由自在に変えて航行するようになった。
四月三十日、船団は根室港沖一〇〇マイルを航行するまでになっていた。一マイルは約一.六キロメートルである。つまり、三十日には、根室の沖一六〇キロに達していた勘定になる。
午前四時四〇分頃、「潜水艦の形勢あり。全員配置に付け。」の警報が船内に響き渡り、全乗組員は急いで配置についた。もちろん私も配置に付いた。一時、船内を行き交う兵隊の軍靴の響きで、小声では通話が聞き取れないくらいになった。しばらくして我が船団からの攻撃が始まり、爆雷の炸裂音、船体への衝撃が文字通り体に伝わってきた。約二時間後、総員配置は解除された。
しかし、いよいよ来るものが来るな、という予感が、武者震いとなって全身を貫いた。いよいよ決戦だと思う心が、自然と心を勇み立たせ、体が震えたのである。
昔から、船乗りに言い伝えられた諺に、
『天気晴朗、涙ぐむ武者震い』
というのがあるが、その日は天気も曇りがちで、天気は快晴でも晴朗でもなかった。時々は氷雨すら降っていた。
私は、自分の銃座に座りながら、巡回して来た砲座指揮の杉野兵曹長に、
「敵さん、今日は来ませんね。」
と冗談を言った。
「そうだね。そう願いたいよ。」
という杉野兵曹長の返答を聞いて、杉野さんもこの諺を信じているのだな、と心の中で納得していた。